今日から学ぶサクッと脳科学講座【中級編】第4回:記憶の種類と海馬の機能
サマリ
私たちの脳は異なるタイプの記憶を異なる方法で保存しています。短期記憶から長期記憶まで、その種類と特徴を理解することで、自分たちがどのように学習し、経験を蓄積しているのかが見えてきます。そしてその中心にあるのが、脳の奥深くにある「海馬」という小さな器官です。
詳細
記憶には複数の種類がある
「記憶」と一言で言っても、実は複数の種類に分かれています。心理学者アトキンソンとシフリンが1968年に提唱したモデルが基礎になっていますが、これによると記憶は大きく3つに分かれます。
1つ目は「感覚記憶」です。これは視界に入ったものや耳に聞こえた音など、感覚器官を通じて入ってくる情報です。ただしこれは非常に短くて、わずか0.5秒から3秒程度で消えてしまいます。朝見た新聞の文字を今思い出そうとしても、すべては記憶に残っていませんよね。これが感覚記憶が短すぎるからです。
2つ目が「短期記憶」(別名「ワーキングメモリ」)です。感覚記憶から選り分けられた情報が、意識的に処理される領域です。容量は限られていて、最大でも約7個の情報しか保持できません。電話番号を聞いてメモするまでの間、その数字を保持しておくのが短期記憶の役割です。保持期間は約18秒から25秒とされています。
3つ目が「長期記憶」です。短期記憶から繰り返し学習されたり、強い感情と結びついたりした情報が、ここに移行します。これは容量も大きく、数十年単位で保持できます。
長期記憶はさらに2つに分かれる
実は長期記憶も2つのタイプに分かれています。
「陳述的記憶」(明示的記憶)は、意識的に思い出せる記憶です。歴史的事実や人の名前、昨日食べたランチなどが該当します。さらにこれは「意味記憶」と「エピソード記憶」に分かれます。意味記憶は知識です。「パリはフランスの首都である」といった事実的な知識です。一方エピソード記憶は、「昨年パリを訪れた時の景色」というように、時間と場所が紐付いた個人的な経験です。
「非陳述的記憶」(暗黙的記憶)は、意識的には思い出せない記憶です。自転車の乗り方や泳ぎ方といった、体が覚えているスキルです。何度も繰り返すことで脳に刻み込まれます。子どもの頃は意識的に練習していても、大人になると無意識に実行できます。これが非陳述的記憶の特徴です。
海馬が記憶の司令塔である理由
これらの記憶プロセスすべてにおいて、中心的な役割を果たしているのが「海馬」です。脳の側頭葉の奥深くに位置する、たった5センチメートル程度の小さな器官ですが、その機能は驚くほど強大です。
海馬の最大の役割は、短期記憶から長期記憶への転換を司ることです。大脳皮質に散らばっている様々な感覚情報を統合し、それを長期保存可能な形に変換します。この過程を「記憶の固定化」と呼びます。
2013年のノーベル賞は、この記憶のしくみを解明した3人の科学者に授与されました。それほどこの研究は重要視されています。
海馬が損傷するとどうなるか
海馬の重要性は、実際の患者さんの例を見るとよくわかります。有名な患者「H.M.」は、てんかん治療のために両側の海馬を手術で取り除かれました。すると、その後の出来事はまったく新しく記憶できなくなってしまいました。毎日同じ人に何度も会っても相手を認識できず、昨日食べたものも思い出せません。ただし手術前の思い出は保持できていました。
これは海馬が「新しい記憶の形成」に特化した器官だということを示しています。過去の記憶は大脳皮質に保存されていますが、新しい記憶の入口は必ず海馬を通るということです。
記憶を上手に定着させるコツ
海馬の機能を理解すると、効果的な学習方法が見えてきます。短期記憶にある情報を長期記憶に変えるには、繰り返しが重要です。特に時間をあけての復習が効果的とされています。これは脳が情報を整理・統合するのに時間が必要だからです。
また感情と結びついた情報は、より強く記憶されます。つまりつまらない勉強より、興味や好奇心を感じながら学ぶ方が、脳は効率よく記憶を固定化させるわけです。
小さな海馬ですが、その奥には数十年の思い出や学習が詰まっています。その仕組みを知ることで、私たちの学習もより効果的になるのです。
