今日から学ぶサクッと量子コンピュータ講座【上級編】第20回:将来の耐性暗号と量子鍵配送プロトコル
サマリ
量子コンピュータの登場により、現在の暗号システムが破られる危機が迫っています。この記事では、量子コンピュータ時代に対応する「耐性暗号」と「量子鍵配送プロトコル」という二つの次世代セキュリティ技術をわかりやすく解説します。未来の情報社会を守る鍵となる技術です。
詳細
量子コンピュータがもたらす暗号の危機
まず理解すべき点があります。現在、インターネットショッピングや銀行取引で使われているRSA暗号は、非常に大きな数を素因数分解するのが困難という性質に依存しています。人間のコンピュータなら、256ビットの鍵の場合、何兆年もかかってしまうわけです。
ところが量子コンピュータは異なります。ショアのアルゴリズムという特殊な計算方法を使うと、同じ問題を数時間で解いてしまうのです。つまり現在の暗号は、量子コンピュータの前では「暗号」ではなくなる可能性があります。これは深刻な脅威です。
実は研究者たちはすでに警告を発しています。2030年から2040年代に、商用的な量子コンピュータが現れるとの予測です。そのため私たちは今から対策を始める必要があります。
耐性暗号とは何か
耐性暗号とは、量子コンピュータでも解くのが難しい暗号のことです。「ポスト量子暗号」とも呼ばれています。一つの例として「格子問題に基づく暗号」があります。
格子問題とは、多次元の空間に規則正しく並んだ点(格子点)の中から、特定の条件を満たす点を見つける問題です。たとえば10次元や100次元の空間で、この問題を解くのは古いコンピュータも量子コンピュータも同じくらい難しいのです。
アメリカのNIST(国立標準技術研究所)は2022年に、標準化候補となる耐性暗号を発表しました。世界中から提案された候補の中から厳選した結果です。これらの暗号は数年以内に国際標準となる見通しです。
重要なのは、耐性暗号への移行は時間がかかるということです。世界中の企業システムを新しい暗号に置き換えるのに、5年から10年はかかると推定されています。
量子鍵配送プロトコル(QKD)の可能性
一方、全く異なるアプローチもあります。量子鍵配送プロトコルです。これは暗号そのものではなく、暗号の「鍵」を安全に渡す方法です。
最も有名なのがBB84プロトコルです。1984年に開発されたこのプロトコルは、光の粒子(光子)を使って鍵を送ります。そしてここが面白い点なのですが、もし第三者が光子を盗み見ようとすると、光子の状態が必ず変わってしまいます。つまり盗聴者は必ず検出されるのです。
これは量子力学の根本的な性質に基づいています。観測という行為そのものが対象を変えてしまう「観測問題」を利用しているわけです。
実用例として、中国は2020年に量子通信衛星「墨子」を使った実験に成功しています。地上と衛星間で、約1200キロメートルの距離を超えて量子鍵配送を行いました。技術はもう机上の空論ではなく、実装段階に入っています。
二つの技術をどう組み合わせるか
実は、耐性暗号と量子鍵配送は競合するのではなく、補完関係にあります。
耐性暗号は比較的導入しやすく、既存のインターネットインフラで使用できます。一方、量子鍵配送は専用の設備が必要で、長距離通信にはまだ課題があります。
そこで専門家の提案は、こうなります。銀行間の超重要な通信には量子鍵配送を使用し、一般的なインターネット通信には耐性暗号を使用する。こうして段階的に移行していくのです。
私たちにできることは
この技術革新はエンジニアだけの問題ではありません。ビジネスリーダーや政策立案者も対応が求められます。
実際、アメリカ国防総省やイギリス政府は、すでに耐性暗号への移行計画を具体化させています。日本でも経済産業省がガイドラインの策定を進めています。
個人レベルでも、セキュリティへの関心を持つことは重要です。パスワード管理の徹底や、信頼できる企業のセキュリティ方針を確認することから始まります。
量子コンピュータの時代は必ず来ます。しかし同時に、その脅威に対応する技術も着々と準備されています。暗号と通信セキュリティの未来は、明るいのです。
