今日から学ぶサクッと量子コンピュータ講座【中級編】第2回:量子もつれの基礎と応用
サマリ
量子もつれは、複数の量子が不可思議に結びついた状態です。遠く離れた量子同士が瞬時に影響し合う現象で、量子コンピュータの高速計算を実現する最重要概念。その仕組みから実用化までを分かりやすく解説します。
詳細
量子もつれとは何か
量子もつれは、2つ以上の量子が特殊な関係で結びついている状態を指します。普通の物理法則では考えられない現象です。例えば、AさんとBさんがそれぞれ持ったコインを同時に投げたとき、どちらかが表なら、もう一方は必ず裏になる—そんな不思議な状態をイメージしてください。
ただし量子の場合は、投げるまでコインが表か裏か決まっていません。にもかかわらず、一方を測定した瞬間に、遠く離れたもう一方の状態も決まってしまうのです。これは古典物理学では説明できない現象で、アインシュタインも当初は信じられず「幽霊のような遠隔作用」と呼びました。
もつれが生じる仕組み
量子もつれは、特定の操作によって意図的に作られます。最も単純な例は2つの量子ビット(キュービット)を対象にした場合です。
まず片方のキュービットにアダマール門という量子ゲートを適用します。これにより、そのキュービットは0と1の両方の状態を同時に持つようになります(重ね合わせ状態)。次にCNOT門という別のゲートを使って、2つのキュービットを関連付けます。すると、一方の状態がもう一方を決定する関係が生まれるのです。
この操作により「ベル状態」と呼ばれるもつれた状態が完成します。ベル状態は4種類存在し、それぞれ異なる相関関係を持っています。
測定による波動関数の収縮
量子もつれの最も特異な性質が、測定による「波動関数の収縮」です。
もつれた2つのキュービットAとBがあるとします。Aを測定して0という結果を得た瞬間、Bの状態も一意に決まります。たとえBが光年単位で遠くにあっても、この決定は瞬時に起こります。信号や情報が光速を超える移動をしているわけではないのに、不可思議な同期が成立するのです。
この現象は実験により何度も確認されています。1982年のアラン・アスペクトの実験では、もつれた光子ペアを測定し、古典的な説明では不可能な相関を観測しました。
量子コンピュータでの活用
量子もつれがなければ、量子コンピュータの計算速度は大幅に低下します。複数のキュービットが互いに無関係では、単なる並列処理にしかなりません。しかしもつれることで、全体として一つの計算システムとして機能するようになります。
例えば100個の古典的ビットは、100個の独立した情報を表現します。一方、100個のもつれたキュービットは2の100乗(約1京)もの状態を同時に表現可能です。この指数関数的な情報量の増加こそが、量子コンピュータの強力さの源泉なのです。
実用化への課題
もつれの活用には大きな課題が2つあります。
1つ目が「デコヒーレンス」です。もつれた状態は環境ノイズに非常に脆く、わずかな振動や温度変化により瞬時に崩壊します。超伝導キュービットの場合、もつれが保たれるのは数マイクロ秒程度です。この短い時間に計算を終わらせる必要があります。
2つ目が「スケーラビリティ」です。現在の技術では数百個のキュービットをもつれさせるのが精一杯です。実用的な問題を解くには数百万個が必要という試算もあります。
各国の研究機関は冷却技術の向上やエラー訂正の改善に取り組んでいます。2023年時点で、IBMやGoogleなどは1000個を超えるキュービット搭載の試験機を発表しています。
量子暗号への応用
もつれは計算だけでなく、情報通信分野でも活躍します。量子鍵配送がその例です。
もつれた光子ペアを送受信者で共有することで、盗聴されない通信チャネルが実現します。盗聴者が光子を測定した瞬間、その状態が変わり、送受信者に検知されるためです。理論上、絶対に安全な暗号化通信が可能になります。
中国は2023年に量子通信網の実用化を開始しており、欧米もこの技術開発に多額の予算を投じています。
まとめ
量子もつれは、量子力学の最も神秘的でありながら、最も実用的な現象です。理解することで、量子コンピュータの性能がなぜ古典コンピュータを凌駕できるのかが見えてきます。次回は量子アルゴリズムの基礎について詳しく解説予定です。
